August 2009
1 post
March 2009
5 posts
February 2009
15 posts
京都の東山三条に古い宿屋があって、そこに老犬がいた。彼は自動車の間を通って、旧国道一号線を悠然と横断するのである。あの犬のように渡れば危なくないのだ。...
– 「ひとりで渡ればあぶなくない」森毅 (via cue22)
January 2009
2 posts
December 2008
1 post
August 2008
5 posts
外部なき理性
relove:
理性が侵食されることが問題なのではない、すべてが理性的であるから問題なのだ。
理性自体が、歯止めのない狂気だ。
三外人
relove:
わたしたちはすべて外人だが、外人の発現にはいくつかの種類がある。 象徴的外人とは、物語を知ることだ。象徴的外人は、何ら外人たることなく、可能的なものを知ることで外人を消化する。 想像的外人とは、文字通りの「外国人」になってしまうこと、つまりわたしたちが現実性と呼んでいる物語の中で「外人」を演じることだ。想像的外人は、しばしば外国語を学び、外国に住む。 現実的外人は、物語という可能性を一切排除してしまった外人だ。「外国人」になるのでもなく、可能的なものを持たない「唯一の現実」における外人を探す。その外人は、まったく了解し難い形を持つ。なぜそれが外人であるのかについて、物語的な連続性、つまり交換可能な意味を持たない。
物語を失ってしまった時、わたしたちは致命的な外人になる。
...
声がするとき
relove:
声がするとき、それはもちろんわたしの声なのだが、わたしの声に聞こえないから問題なのだ。 だから、声がどうしても止まないのなら、いっそわたしの声を問題にしてしまう方法がある。 「声がする」と言っていた人は、次のように言うようになる。「声がおかしい! わたしの声がおかしい!」。 これは、少しだけ「正常」になったということなのだろうか。 ここで、正常に見えればそれは正常ということなのなのか、真の正常と見せかけの正常は異なるのか、という方に進んでしまうと、またトラップにはまり込む。だから、そっちはダメだ。 そうではなく、端的に「まだ問題は残っている」と考える。 なぜなら、少なくともわたしの声はおかしいのだから。 わたしの声を正しくするのは、また別の問題だ。 もちろん、それを正ししてしまうのは、声のおかしさが守っていたものを危険に晒す賭けではある。
July 2008
11 posts
刺青は他の芸術と違って額縁に入れて持ち運んだり展示したりはできない。唯一これを可能にする方法は刺青をした死人の皮を剥いで保存する事である。この刺青の皮を剥いで保存し収集するという猟奇の作業をやってのけたのが福士博士親子であった。もちろん博士の当初の目的は純粋に病理学的なものであったが、次第に刺青の持つ怪しい魅力に引き付けられてしまった。
――『倒錯のアナグラム―周縁的ポルノグラフィーの劇場』秋田昌美
June 2008
30 posts
包帯、絆創膏
medtoolz: 男塾に出てきた王大人の治療手技、とにかく見える傷口に包帯ぐるぐるに巻いて、「治療完了」を宣言するやりかたには、たぶん一面の真実を認めないといけない [http://twitter.com/medtoolz/statuses/841313387]
medtoolz: 包帯巻くことそれ自体は、患者さんの予後には全く何の影響も与えないけれど、その人を見たご家族とか、たぶんそれが為されていたか、そうでないかで、その後のスタッフを見る目が相当に変わってくる [http://twitter.com/medtoolz/statuses/841313816]
medtoolz: それを「意味がないごまかし」と断じるのは間違いで、患者さんと、その人を取り巻くご家族という系それ自体に対する治療効果は、むしろ包帯でないと為しえないのだと思う [http://twitter.com/medtoolz/statuses/841314411]
medtoolz: 以前どこだかの事故現場で、子供さんが亡くなって、発狂した緋蜂みたいになってた親御さんがいて、医師がいくら「もう亡くなってます」なんていっても全く効果なかったのが、ナースがその子の顔の傷に絆創膏一枚貼ったら、緋蜂だったのがわが子の死を嘆き悲しむ普通の親に戻ったらしい [http://twitter.com/medtoolz/statuses/841314975]
獸姦懷妊説
(明治二十六年二月二十五日)
長崎の犬姦婦人懷姙す 甞て長崎の外人に欺かれ洋犬と交接したりとて天下の笑罵を招きたる大浦群の賣淫婦某は終に懷姙ぢて近頃は落ちん許りの腹を抱へ居るよりアレは人間の兒ぢァない必ず犬の兒に相違ないと評判頻りなるより某國軍艦の士官には之を聞きつたへて其の胎兒を買受けんとて目下談判中なりと云ふ醜聞又一層を高む噫
(讀賣新聞第五千六百七號、明治二十六年二月二十五日)
――『近世社会大驚異全史』梅原北明編
麴町の畸形兒
(明治二十六年二月二十三日)
埼玉縣北足立郡二宮村の志村お靜(十八)と云ふは去る頃より麴町二番町の長島産婆學校へ入院し居たるが四五日前産氣づきしに餘程難産にて漸々生み落したる嬰兒は不思議にも腹部より背にかけて陰部と覺しき穴二ヶ所と男根に似たるもの左右にに一つ宛ありて實に奇異なれども産婦は勿論嬰兒の無事に育つ様子なるが其時立會ひし醫科大學の栗原氏は參考の爲めその子を貰ひ受けんと乞ひたれど産婦は自分に於て育てんと言居るよし
(讀賣新聞第五千六百五號、明治二十六年二月二十三日)
――『近世社会大驚異全史』梅原北明編